今、行っている施術

いま行っている施術について解説します。

「気功」とは何か?

自分なりに解釈してみます。

どのように見えているのか?

私は、目の前に患者さんがいるとき、

患者さんを病気を探す様な視点では見ていません。

命(いのち)を見る視点で見ています。

熟達度によって見えてくるレベルや精度が

変わっていくものですが、

今現在のところ、

患者さんを命として「気」というスタンスで見ると、

重いところと軽いところという違いであったり、

水の流れを見る様にその流れ方がスムーズか、そうでないか、

あるいは、色が濃いか薄いか、

そういった場所が全身の中で、凹凸のようなものとして感じられます。

色でいったら色ムラがあるような状態といってもいいかもしれません。

見ているとそういった感覚が湧き上がってきます。

命を見る視点とは?

命を見る視点とは、自分の身体全体で見る、ということです。

普通、何かを見るときには、見ようと意識します。

そして、見たいものに焦点を合わせると思います。

そうすると見ようとする意識が邪魔をして

見える、と同時に、見えないものが出てきます。

例えば雑踏の中で友達を見つけたとき、その瞬間、その周りにたくさん歩いている人々は

見えなくなるでしょう。

ひとつのものに集中するとそれ以外のものが見えなくなります。

それが通常の「見る」になります。

それに対して、

身体全体で見るとは、見ようと意識しても尚、その周囲が見えなくならないように

全てが見える様に意識して見る、という見方です。

身体全体で見る見方は別の機会にまた詳しく解説いたします。

自然な動きが生まれる

そして、その後に、

この「気」というスタンスで

患者さんを目の前にすると、私自身の身体の動きが自然と生まれます。

いのちは常に調和を目指して進むものであるため、

この動きは患者さんと自分自身の調和を目指している状態なのだと

解釈しています。

そして、この動きの結果として患者さんとの調和がそこに生まれます。

その調和が生まれた後に

あらためて患者さんを見てみると

重いところ軽いところ、

あるいは濃いところ薄いところ、

あるいは、凹凸、

流れが良いところ悪いところ、

といったムラがなくなり、均一に感じられてきます。

それは患者さんのいのちの調和が生まれた結果と考えています。

病とは、施術とは、

病はいのちの不調和の現れであり

回復のプロセスがスムーズに進んでいない場合には、

調和的な状態になることで

回復プロセスがスムーズに進みます。

もちろん、調和は不調和へ常に向かいますので

いったん調和したものの、

生活状況が不調和であればほどなく不調和に戻ることも当然で、

回復がスムーズに進まないことも往々にしてあります。

そういった場合には、生活状況を少しづつでも変えていくことが必要になります。

それには患者さん自身の意識がとても重要になります。

そのためにも、そのきっかけとなるためにも、

一時的にでも、調和が必要です。

施術では、なにも治せません。

患者さん自身のいのちの働きが治すのですから。

施術とはその命の働きを促すきっかけを作るものであると考えています。

それから、

もうひとつ大事なことがあります。

それは施術は施術者一人で行うことではないということです。

調和、というのは患者さんと施術者の調和ともいえますので

患者さんの意識も重要な要素になります。

これについてはまた改めて解説したいと思います。

SOU鷲田伸二